昭和五十七年二月八日 朝の御理解

x 御理解第八節 「子供の中にくずの子があれば、それがかわいいのが親の心じゃ。不信心者ほど神はかわいい。信心しておかげを受けてくれよ。」


 昨日親子三人でお参りをして来た方がありました。まあだ子供は小学校の三年生ぐらいでしょうか。それが、まあ、子供達ばかりの万引き団の中に、その子供が入っていた、と。もう本当に、親がここで申しました。警察からこの知らせを受けた時には、もう本当にもう生身にカンナをかけるとはこんな事でしょうか、というて嘆きましたですね。まあだ、もう中学とか高校とか、という位じゃない。まあだ小学校三年生位、ね。もう本当に、まあ、これは、どこにもある問題ではございますけども、子供がそういう悪い事をすると親はそれこそ自分の身にカンナをかけられるような思いがする。こんな親不孝な事はない。
 で、私は申しました。その、生身にカンナをかけるような思いで親が改まって行く事ですよ、と。普通ではとても生身にカンナ等かけられませんけれども、こと、子供の事であるならば両親の者が、ね。昨日は丸少の育成会の方達の父兄が集まっておりまして、暫くお話をしてくれ、というのでお話をさせてもらいました。ほいで、少の真の育成について、という事でございました。ね。本当に、いうなら丸少を育てる、育てさせて頂きたい、という親が願う、指導者が願う。
 だから先ず指導者自体が育って、先ずは親自体が育たなきゃ、子供だけ良い方向に育てよう、と言ったって駄目だよ、と。それが根本なんだ、と、ね。
 そして、んなら色んな、この頃から栄四郎が丸少の方を受け持ってますから色んな勉強に、甘木の教会でちょいちょいあります。やはりその、指導について、でございましょう。いうならば、丸少はこんなふうに育てるべきだ、といったようなまあ、方法論なんです。だから、ね、その、方法論も大事だけども、その根本の所がね、先ず子供を育てる、というか育成について、真の育成という事はね。先ず親が育て指導者が育て、そしていうならば方法論である。というて私はこういう例話を申しました。
 例えば末永先生が南米布教に出ます時に、本部ではとてもビリグイには行ける所ではない、ともう断言されました。偉い先生が。もし行くとするならば農業移民で十年なり十五年なりあちらでみっちり語学でも勉強でもして布教にすんならばってん、まあビリグイという所には行ける所ではない、と言われた。で私は、そんな事はない。第一言葉がわからなけ、いや言葉がわからんでも助かる、というのが私の持論ですから、その事を申しましたが、全然その事は相手にされませんでした。その当時は、ね。
 それでも、行けない所が行けるようになり、ね。助からんと言われよったのが、ま、それこそ、ま、白人、黒人、までもが助かるようになって、今度の教祖大祭には二百四十名からの御初穂があった中の四十名余りというのは皆、英語、ちいうか、あちらの字(ポルトガル語)で書いた御初穂でしたから、ね。ま、その事の例を申しまして、ですたい。それ、だから、というて、私は四、五日前にうちの先生方にも申しました。みんな海外布教、私はドイツに、私はアメリカに行こうといいよるがその、丸少し語学の勉強しよるか、と私は言った。ね。
 いやあ、も、語学はせんでも、それこそ末永先生がよい見本である。全然言葉はわからんなりにやっぱり人が助かっているから、と、いったような事ではいけない。自分が、例えば、なら南米なら南米、ね。なら、秋山君なんかは南米志望です。竹内先生なんかは、いわゆる秦先生やらは、北米ですね。カナダがある、ドイツがある、ヨーロッパ各地に行きたい、と願いを持っておる先生方がいくらもあるが、なら、自分が行こうと思うておる所の言葉の勉強ぐらいせんで、ただ、いうなら、ね。
 例えば、問題は自分が合楽理念をマスターして合楽理念の実験実証であれさえすりゃよい、というだけじゃいかん。ね。そいが根本なんだ。こどもを育てるには先ず親が育たなければ駄目なんだ。指導者が先ず育たなければ、これが根本なんだけれども、ならこういう育て方がある、という良い方法がいらんというのじゃあない。海外布教は、も、言葉はいらんというのじゃない。合楽理念さえ持っていきゃあよい、というのじゃない。
 久留米あたりに外語の専門に教える所があるなら少し研究して、ね、少し皆で、ま、それぞれの、まあ自分が行こうと願っておる所の国の勉強を少しみっちりやったらどうだろうか、という話をした事を、昨日私が話たんです。ね。方法論だけでは、けども方法論が先行してはいけない。問題は親自身が助からなきゃ、親自身が育たなければならない。そうしていうならば方法論である。これは私の方の修行生の先生方に申しました。ね。
 ただ合楽理念一本だけでよい、という事じゃあない。やっぱりいうならそちらの風習の勉強もせんならん。言葉の勉強もさしてもらう。それが私は本当だ、というふうにまあそういう例話を話ながら、ね。いうならば、先ず指導者が育て、親が育てと言うたように、あんたん所だって同じばい、て。子供がこんな悪い事をしてもう親の、それこそ親の生身にカンナをかけるような思いをさせるとこう言うけれども、それを一つ信心で頂いたら、こりゃあ親の不調法として、ね。
 親がお詫をさしてもろうて親が改まって行く以外にはない。それこそ生身にカンナをかけるような思いで磨いて行く事に、普通で改まれない事が改まれるようなおかげ頂いたら、ね。子供も性根も治るおかげを頂くだろうが、そのおかげで、ね、普通で、親が出けなかった信心が出けるようになり、普通では改まる事も出けなかった所が改まれる事が出けた、という事にならなければいけないじゃないか、というわけであります。
 今日は親教会の報徳祭です。ね。皆さんも御承知の通り、私と親教会というのも、それこそまあ、なんて言うでしょうかねえ、様々な中傷があったり問題がありまして、もうそれこそ私も血の涙の出るような思いをするような事があったけれども、おそらくは親先生もやっぱり同じ思いをなさったであろうとこう思うのです。合楽と三井教会の関係というのは、ね。ですからね、けれども後から、な、今考えてみると、ね。あゝいう様々な事があったおかげで今日の合楽がある、という事になるわけです。
 或る方が、ね、或る方、というが高芝さんですね。総代さんの、がそん時のその問題をこんなわけで大変難儀しておる、というて本部の先生に、今の親先生に話された。したら大坪さんなうちの、親父の弟子にすればよかったろう、と言われた、と言うのです。いわゆる当時の甘木の安武松太郎先生でなからなければ大坪さんを育てきるまい、というふうに言われた、という事でした。けれどもどうでしょう、私のもし師匠が甘木の安武松太郎先生のようなまあ、高徳な先生だったら今日の合楽は生まれてないです。
 成程お道の教師にはなされたでしょう。けども今日のような、ね、発展にはなってなかったと思うですね。荒巻久人先生であったからよかったんです。ね。今私は、私の部屋にお祭りしてある初代と二代の御霊神様の前で、ね。確かに初代に私は助けられて、そして二代に確かに育てられたんだ、と。初代に助けられ二代に育てられた。ね。荒巻久人先生であって私は育った。今にして思えばそうだ、という事が、それこそ血の涙の出るような思いもしたけれども、その、血の涙の出るような思いが、ね、有難涙にかわってきたところに、合楽の今日があるのです。
 そういう意味で、いわば親教会というものは大切にしなければならない、ね。皆さんも今日は御参拝頂く方が多い、と思いますけれども、そういう意味でも、ね、ひとつ、やはり、御大祭の時くらいは参拝のおかげを頂いて、ね。初代にも二代にも喜んで頂くようなおかげを頂きたい、と私、思うです。普通人情でいくなら本当に生身にカンナをかけるような思いがしたけれども、ね。その生身にカンナをかけるような思いで自分を改まってもきた、磨いてもきた、おかげで今日がある、という事になるのですからね。どうぞ